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2013年2月19日 (火)

◆昭和アナログ奇譚◆ 「アナログはアナクロか。。。」

子供の頃、、、昭和30年代の東京(23区内)は「三丁目の夕陽」そのものだった。
33年には国産第一号のコンデンサマイクも登場する。
私も愛用していた「SONY C-37A 」勿論、真空管だ。

北千住で生まれ育った私は、小学校から帰ると10円貰って駄菓子屋へ急ぐ(1枚50銭の煎餅があった位だから、10円で色んなものが買えた)

道路には
オート三輪、ダイハツミゼット、くろがねベビー、日野ルノー、モペット、大八車、リヤカー、、、
そうそう、忘れちゃいけないチンチン電車(都電)も走っていたが、現在からみると、車道はスカスカだった。

ある日、駄菓子屋へと急いでると空からブゥ〜〜ンという音が。。。

セスナだ!
偶に飛んで来るのだが、今日はやけに低空飛行。
そのうち、機体から何かがバラ撒かれた。。。

道路や空き地、屋根の上に落ちて来るのを見届けるや否や駆け出して拾いに行く。

撒かれたのは広告ビラなのだ。
銭湯23円、タクシー80円の時代にセスナをチャーターしてバラ撒く費用はどの位だったのか。。。

ラジオや新聞雑誌広告、折込みチラシはあったが、テレビや家電話すら普及していない時代。

現代なら、電話、FAX、DM、TV、電子メール、web広告、、、と打つ手は沢山ある。

それがないから、セスナになる。

印刷したビラをセスナで空からバラ撒く。
それを拾って見る人達がいる、高い費用にも拘らず有効な手段だったのだろう。

今同じことをしたら、「騒音だ!ゴミを散らかすな!」と批判が起こり、とってもアナクロな行為になってしまうのだろうが、アナログな時代、まだ子供も大人もノンビリしていた頃のこと。

この後、日本は高度成長期へと向かうことになる。。。

facebookページより

音響工房アナログ式 http://analogmode.jimdo.com

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