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2006年11月23日 (木)

実践その2 リファレンス

Top_recorder ■間が空いてしまったが前回「五感を使う 実践その1」に続き、卓のメータシステムの最後に来る録音機アナログ&デジタルテープレコーダー、MTR、HDR等)のメータとの関係について書いてみたいと思う。タイトルにあるメータ関係以外のリファレンスについては、次回に書いてみようと思う(※リファレンスとは何かを判断したり評価するための基準のことである)。

「+4=0VU」という言葉をよく見かけるが、この+4というのは+4dBのこと、0VUはVUメータの針が0を指した状態(音量レベル即ち電圧)のことである。取説のスペックに書いてある基準入力レベルや基準出力レベルにも使っている。正しくはdBの後に+4dBuや+4dBm、+4dBv等、例えば0dBmは0.775Vとする等何を基準にしているかを記すのだが、現場においては通常「プラヨン(+4)」で通っているので、ここでも使わせて頂く。またここでは卓+録音機(アナログMTR)で構成されるシステムで考えてみたい。現在の録音システムでは、必ずしも卓が関与しているとは限らないし、録音媒体も様々だが、まずは大切な基本をおさえておこう。以下、録音機はアナログMTRとする。

■まず、卓と録音機のメータの関係は+4=0VUが基準である。簡単に言うと、卓の録音機への出力(グループバス出力)メータが、0VUの時に出力電圧は1.23V出ていて、この時に録音機のメータ(入力レベル)もOVUに振っていればよい。これで、例えば録音機がマシンルームに在りメータが見れない状況であっても、卓のメータ指示と同じレベルで録音されているということになり、なんら問題がないわけである。逆に言えば、卓と録音機のメータが違っているのは大問題なのだ。

■これはプロフェッショナルのスタジオでは、徹底して行われているのが普通だ。もう少し詳しくポイントを3つに分けて説明してみよう。

①卓及び録音機のVUメータの針がメカニカル的に正しい位置にされていること。

②卓のグループバス出力のメータが0VU指示の時、そのチャンネルモジュールのラインアンプ出力が1.23Vになるように調整してあること。つまり0VU指示の時、きっちりと1.23Vの出力電圧が出るようにメンテの折に調整するのである。

③録音機(アナログテープレコーダ、2トラ、4トラ、MTR)は+4=1.23Vの音楽信号が入った時に、メータ(入力レベル)がOVUを指示するように入力アンプが調整され、所定の基準録音レベル(320nwb/m等)で設定された通りに録音されなければならない。

■現在はテープでレコーディングする機会は稀だが、以下のことは知っていて損はない知識。

■テープレコダーのオーディオ調整では使うテープの種類に合った録音のバイアス、レベル、イコライザ調整及び再生のレベル、イコライザの調整、それと消去、録音、再生の各ヘッドのアジマス調整等が完璧におこなわれていること。更に言えばテレコはオーディオ回路だけはなくメカニカルな走行系という部分があるので、テープテンション等色々と調整が必要なのである。

■現在はDAWが録音システムの主流となっている。これはMIX画面とEDIT画面を持つDAWでもロケータ、パンチイン、パンチアウトの機能しか使わなければ、デジタルのMTRとして使うことも出来るということだ。ここでDAW両画面のメータを見てみると、何の目盛りも振られていないことがわかる。信号がそのトラックに来ているかどうか、レッドゾーンへ入ってCLIPが付かないかどうかを知るための単なるインジケータとなっているのだ。

■例えば私はDAWで録音する場合、トラックのメータがここまで振れば大体+4だということを知っているので問題はない。つまり録音機(ここではDAW)のメータがVUメータでなくても、卓やHAの出力とDAWのメータとの関係を知っていればこと足りるということだ。

■アナログは勿論、DAWでも録音レベルによって音質が変わる。なぜかは、また別の機会にして、DAWの場合、CLIP(レッドゾーン)ギリギリで全ての音を入れれば良いのかどうかを、自分が扱う音楽や音源によって試してみる必要があると思う。

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2006年11月19日 (日)

「1979.12.31」 後編

■駆けずり回り、汗みどろになり、いくつもの回線を直引き(※1)し、やっとたどり着いたサウンドチェック。8トラックとはいえ一応マルチ録音、各バンドで録音レベルやEQを決めつつテスト録音。 演奏状況をチェックしてリハーサルは終了。テスト録りしたテープをプレイバックしヘッドフォンでチェックする。
   特に問題はない、テープをストップしてマルチの走行系をクリーニング。 あとはPAのチーフと最終の打ち合わせをし、スタッフと飯を食って差し入れのビールを飲む。
   そして一服しながら開場を待った。
      
   人がホールを埋め尽くし、熱気でかげろうが立ったように見えた。
   本番は凄かった!
   予想はしていたが、出音が安定していて通常の音楽バランスで演奏するバンドだけではないのだ、、、 バランスの取りようがないほどの凄まじいダイナミックレンジ!(※2)出演した9バンドがそれぞれ 音量に大きな差があり、編成も違い、出音も違うまではいいとして、それに加えて単に演奏するだけではなく激しく動き回り、叫び、マイク(SM58)でベースを掻き鳴らし、大車輪の如く振り回された58は 床に激突!ベースのDI(※3)からプラグは抜け、アシスタントをステージに走らす。 マイクアレンジなど無用だとばかり、ステージ上を暴力の音が走る。
    スターリン登場!着席は興奮のるつぼと化し、上下に律動したかと思うと波打ち
    ダイブした遠藤氏が沈んだり浮かんだり、、、再びステージに立ったときにはズボンが無かった、、、パンツもか?
    S-KENのツボを心得たスピードとは異なる暴力的な速さで加速されたトランス状態。
    私はこのようなステージは初めて見た、今でこそダイブ等当たり前になってるが、なんせ四半世紀前なのだ。その後も怒涛の如くステージは進行し、PAもそうだが録音サイドも人為的トラブルが発生しないことを 祈りながらもいつしか情況にのめり込んで仕事をしていた。
   テープチェンジを何度しただろうか、時刻はとっくに午前様だ。
      
   終わった、、、、、、、! 途端に正気に戻ったような気がした。

 差入れの缶ビールをあおる、一息ついてバラシ(※4)始める。PAのチーフと握手を、、、またなにかの節にはよろしく!機材の積み込みが済んでACBを後にした。
      
   このあと知り合いのギタリストのアパートで仮眠をしてから
   とっぱらい(※5)のギャラを懐に元日の南房白浜(温泉)へと私は向かった。
       
   (電車に揺られながら一杯やってると思い出したことがあった。
 初めてスターリンのレコーディングをした時のこと、あるメンバーの髪が赤茶色なので「染めたの?」と聞いてみたら、「ナイフで刺されてからこうなった」と言っていた。つーことは、今度「ヤラレタラ」、、、)
      
   某スタジオでのMIXは2,3日掛かった気がする。今回のトラック割りはその①で書いてあるが 実際には回り込みやオフマイクの音も含め複数の違うパートが同一トラックに入れてあるので 先にも書いたように8トラックでも基本は2CH一発録りであり、全体的に調整していくという作業が続いた。
      
   (Pro Tools等のDAWのシステムが普及している現在では簡単に多くのトラックを用意することが出来るので考えられないことかも知れないがトラック数が少ないということは決して悪いことではないのだ。2ch一発録音もそうだが、いさぎよく行かねばならないので基本的にやり直しの効かないところから来る緊張感は演奏者とミキサーに良い影響を与えるからだ。)
      
全曲MIXが終わり、シブイチ(※6)アナログマスターのシロミ(※7)を入れ、コピーのサブマスターを作った、これでミキサーとしての仕事は完了した。
      
  後日談
      
すぐにもカッティング(※8)及びプレスに回すということだったが、なんの音沙汰もなく   一ヶ月が過ぎた。 スタッフだった一人に連絡をとると暗い声で「ボツになりました」、、、えっ、、、!?制作会社とオーナーは忽然と消えてしまった、とのことだった。こうして「あの日」のスコッチ206(※9)マスターテープは闇の中へ。

街に冷たい風がヒュッ!といって通り過ぎた。
      
※1 マイク等の回線をマルチケーブルを使用しないで1本ずつ直に卓へと入力すること。
※2 音の小さいところから大きいところまでの幅

※3 ダイレクトインジェクションボックスのことでEG,EB,KEY等の楽器の出力または、後につないだエフェ    クター等の出力からこのDIを通して卓に入力する。
※4 仕事が終わりセッティングした機材を片付けること、撤収とも言う。
※5 ギャラを銀行振込ではなく当日払い(キャッシュ)で払うこと。
※6 1/4インチ幅のテープ、局関係では6ミリとも言う。アナログでは1/4インチで2ト ラックというのが 基本。ハーフ(1/2インチ4トラック、1インチ8トラック、2インチ16トラックになる。
※7 マスターテープのドアタマのOSC(基準信号)の始めと終わりや、曲のアタマとケツに無地のリーダーテープまたは19cm毎にマーキングされたタイミングテープを入れること
  ※8 上がりがアナログディスクなのでCDマスタリングではなくノイマン等のカッティングマシンによってラッカー盤の音溝を切ることになる。それから幾つかの過程を経てプレス工場へ行くことになる。
  ※9 当時のプロ用アナログテープの標準、その後AMPEX456等に移行していく。

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「1979.12.31」 前編

■雪こそ降ってはいなかったが風が冷たい日だった。
歴史ある新宿ACB会館ホールでのライブ録音。当時の日本のパンクムーブメントとニューウェイブの先頭を切っていたバンドのギグが夜通しで行われ、その演奏を録ってLP2枚組みの実況録音盤で出そうということだった。(実はこの録音のMIXも終わり、あとはカッティングをどこでやろうかと言う矢先に幻となってしまうのだが、、、)10バンドの出演が予定されていたが、当日になって(財団法人じゃがたら)が来れないことになった。あとは遠藤みちろう率いるスターリン、S-KEN、Mシリーズ吉野大作&プロスティチュート、午前4時、、、、あとは忘れちまった(失礼)
■前もって制作会社、事務所のスタッフとの打ち合わせは済んでいたので当日15 頃。録音機材の搬入及びセッティングを開始。
   ところが!ところがである、、、
   PA側とはステージ上でアタマ分け(※1)、ということになっていたのだがマルチケーブル等が足りないだけでなく、PA側スタッフは録音スタッフや機材が入ると聞いていなかったのだ!!!仕切っていた事務所の人間にこちらの要望を伝えて、あとのことは任せてあったのだが。
   兎に角、何が何でも仕事に穴は開けられない!ってんで遠藤氏(スターリン)も挟んでPAのチーフと現場で交渉、また交渉。すったもんだのあげくPAのシステムを大幅に変更して何とか録音スタンバイ!と相成った。
■当時、本当の意味でのインディーズレーベルはどこも金が無かったと思う。予算のないライブ録音のシステムは卓、MTRともタスカム(TEAC)のM5+M5エキスパンダーとハーフインチ8トラック(ゴメン型番忘れた)を使った。モニターはAURATONE 5C(予算に余裕があるときは今は亡きシミック2408AV卓とスチューダーのテレコ 等をレンタルした。
最近私は卓にマイダスを使うことが多い。低価格なREV7やSRV2000が登場する前で、リバーブにはAKG BX10,15等もよく使った。鉄人28号操作マシンのようなEMT250デジタルリバーブは\4,000,000近かったのだ!デジタル機器の黎明期なので、今とは比較にならない程の低い性能でも非常に高価だった。レキシコンΔ200なんかはタップが幾つか付いただけのディレイマシンで\2,000,000もした。)
■トラック割りはタイコ2、EB1,EG2、KEY他2、Vo1だが基本は2ch一発録音(※2)でありMIXで全体を整えるということにした。タイコは4点録りでBD,SN,OHに2本。(余談になるけどタイコ(ドラムセット)はマイク1本でも録れるがあとは2本、3本と追加していって今回の4本での録りになる。
   このライブ録音の少し前にスターリンのスタジオ録音を2回やっていたので他のバンドも含めエンジニアである僕自身がこのライブを非常に楽しみにしていた。マルチのヘッドをクリーニングし、テープをセット、信号を送り録音調整OK! 各回線、異常なし逆リハ(※3)のためトリのバンドがステージに、、、さあ! いよいよサウンドチェックだ、こっちも忙しくなるぞ。
      
※1 ライブ録音する場合にPA用と録音用にマルチボックスで回線をパラって分ける   こと、ヘッド分岐とも言う。

※2 2トラック2チャンネルのマスターレコーダーにMIXしながら録音すること。つまり録音とMIXを同時に行って後はテープ編集位でマスターテープになる私の好きな方法。当時はアナログマスターである
※3 出演者が複数に渡る場合、本番での最後の演奏者からリハーサルを始め、トップの演奏者が最後にリハをする。 とても合理的な方法なのだ。

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