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2005年7月10日 (日)

エンジニアへの道 その2

(夜明け)

■その10日間で録ったデモテープは10曲分だったろうか。しかし結局それはどこのレコード会社に送られることも無く、バンドも空中分解した。今ならわかる。アーティストのオリジナリティが要求されるデモテープは、当時はノイズだらけのカセット一発録音でも構わなかったのだと。ところが曲作りよりも、気づけば録音作業に夢中になっている。自分はミュージシャンではなく、ミキサーなのだと気づいた10日間だった。絶対に録音エンジニアになってやると、どこかで心を固めていた。■しかし、合宿が終われば文字通り失業者である。30年前当時「ミキサー」という職業は、社会的に認知されていたとは言いがたい。しばらくは会社員時代の貯金で食いつないだ。そしてある日、新聞求人広告で渋谷の録音会社を知り、採用されることになる。ちょうど欠員が出るところだったのだ。それが長い長いプロ生活のスタート。23歳の秋だった。■それからの28年間を語るには時間がいくらあっても足りない(折に触れ、エピソードをご紹介していきたいとは思っているが)。簡単に言えば、ある人との出会いから「赤スタ」(赤坂ミュージック・スタジオ)に入社、そしてフリーになる。32歳で76年製オールドAPIとAMPEXの24トラックMTRを導入したスタジオを経営。15年続けた後に、ガレージ・メーカーの設立へと続く。■もちろん録音エンジニアへの道はひとつではない。これはあくまで「私の場合」である(しかもかなりの例外である)。ただこれだけは言えるだろう。エンジニアに限らず、本気で望めば道はどこかにつながっていくのだと。

■自分の話はこれくらいにして、次回からはまた「アナログ道場」に戻りたいと思う。

音響工房アナログ式  http://analogmode.jimdo.com

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