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2005年7月24日 (日)

電池駆動について

今回はサイトBBSに電池に関する情報を頂いたので、マイクプリの電池駆動について書いてみたいと思う。

当オリジナル・ブランドであるEustachioでは、ユーザーの用途に応じて「電池駆動」とAC100V仕様の「パワーサプライ(PSU)式」の2タイプのマイクプリを製作している。一般的にはマイクプリ本体+PSUユニットのタイプか、本体にPSUを内蔵した製品が主流だが、一方では昔から電池駆動のマイクプリが存在し、数メーカーから製品化もされている。またオーディオマニアには言わずと知れた「金田式DCアンプ」にも電池駆動のマイクプリが存在する。そしてこの電池駆動マイクプリの主な用途としては、ホールでの録音や外録、報道の現場などが挙げられる。

では、この一見「不便で不経済」に思える電池駆動を上記のような目的以外で使うメリットとは何だろうか。

●電池は完全なDCなのでクリーンな電源であること。

●他の機器と電源の極性を一致させる必要がないこと。

●電源の質の悪い場所でも電源からノイズがのって来る心配がないこと。

●製品コストを下げることが出来る。

一方、デメリットとなると

●充電池は別として(006P型ニッケル水素充電池と充電器を揃えると結構な値段になる)電池交換の度に電池代がかさむ。(私は10個パック¥700のマンガンを使用しているが)

●電池交換の度にマイクプリ本体の天板を開けて消耗した電池を外し、新しい電池に入れ換える必要があること(つまり面倒くさい)。

●空の電池というゴミが出てしまうこと(地球にやさしくない)。

繰り返しになるが、元々、電池駆動のマイクプリや機材というものは電源の取れない現場での使用を考えた製品である。もしくは「金田式」のように音の追求のためには録音の度に新しい電池に交換することも厭わない、という姿勢が必要になってくる。どちらのメリット/デメリットを取るかは、まさに使う人しだいというところである。理想をいえば電池/電源両タイプを使い分けるということだろうか。

あとは蛇足だが電池式の場合、液漏れ防止のためにも長期間使用しない時は面倒でも電池を取り外しておくということ(これはマイクプリに限ったことではないが)。そして誤解無きようにいえば、電池式/PSU電源式に音の「優劣」があるわけでは決して無い。ここから先も「好み」の問題になってくる。

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2005年7月10日 (日)

エンジニアへの道 その2

(夜明け)

■その10日間で録ったデモテープは10曲分だったろうか。しかし結局それはどこのレコード会社に送られることも無く、バンドも空中分解した。今ならわかる。アーティストのオリジナリティが要求されるデモテープは、当時はノイズだらけのカセット一発録音でも構わなかったのだと。ところが曲作りよりも、気づけば録音作業に夢中になっている。自分はミュージシャンではなく、ミキサーなのだと気づいた10日間だった。絶対に録音エンジニアになってやると、どこかで心を固めていた。■しかし、合宿が終われば文字通り失業者である。30年前当時「ミキサー」という職業は、社会的に認知されていたとは言いがたい。しばらくは会社員時代の貯金で食いつないだ。そしてある日、新聞求人広告で渋谷の録音会社を知り、採用されることになる。ちょうど欠員が出るところだったのだ。それが長い長いプロ生活のスタート。23歳の秋だった。■それからの28年間を語るには時間がいくらあっても足りない(折に触れ、エピソードをご紹介していきたいとは思っているが)。簡単に言えば、ある人との出会いから「赤スタ」(赤坂ミュージック・スタジオ)に入社、そしてフリーになる。32歳で76年製オールドAPIとAMPEXの24トラックMTRを導入したスタジオを経営。15年続けた後に、ガレージ・メーカーの設立へと続く。■もちろん録音エンジニアへの道はひとつではない。これはあくまで「私の場合」である(しかもかなりの例外である)。ただこれだけは言えるだろう。エンジニアに限らず、本気で望めば道はどこかにつながっていくのだと。

■自分の話はこれくらいにして、次回からはまた「アナログ道場」に戻りたいと思う。

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2005年7月 9日 (土)

エンジニアへの道 その1

(薄明の彷徨)

■自分の「何が」ものづくりに駆り立てるのかと考える。■祖父は代々続く江戸の筆職人だった。筆の軸に文字を彫り入れる細かい仕事を専門とし、京都の老舗にも卸していたが、東京大空襲で廃業に追い込まれた。昨年他界した父は大学で建築を学び、戦後、電力会社の技師になった。■自分は生物学者を志したが大学受験に2度失敗し、もともと得意としていた美術の専門学校に進んだ。在学中は4000枚の原画を使ったアニメーションを作ったり、シルクスクリーン、油絵など色々なものに手を出したが、バンド活動(歌+A.G担当)の方が忙しいような生活だった。卒業後は大手デザイン事務所に就職し、シルクスクリーンを担当した。しかしここでもバンド活動に明け暮れ、気がついたら会社に辞表を出し、紆余曲折の末に赤スタ(赤坂ミュージックスタジオ)に拾われ、それが結局はいまの自分につながっていく。もし受験に成功していたら全く違った人生を歩んだのだろうか。人生の答えは死ぬまでわからない。

■民生用の4トラックMTRがTEACとSONYから出たばかりの会社員当時は、現在のようなアマチュア向けの録音スタジオはなかった。30年前で約25万円した1/4インチ・アナログのTEAC3340Sをバンドの共有財産として購入(重さ30K位)。3340はSYNC録音可能だがパンチイン・アウトはしなかった。更に2トラ38の3300を、私の安月給をつぎ込んで手に入れた(約15万)。あとは安マイク7,8本を持ち寄り、6CHミキサーはベース担当が調達し、4chミキサーは会社に内緒でやった録音のバイトで稼いだ4万円を投入。マイクスタンドは角材とベニヤ板の手製であった。■オリジナル曲がたまったので、デモテープを録るために富士五湖の西湖にあるロッジを10日間借りた。シーズンオフで1泊3食付き3千円。この録音のために会社も辞めていた。音楽が好きだという確信以外に何があっただろう。■西湖に着いた時は、まだ夜明け前だった。

(つづく)

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2005年7月 5日 (火)

五感を鍛える

■昨年暮れ、某放送局に数台のマイクプリを納品した。デジタル化の最先端といえるような現場にも、ハンドメイドのアナログ機材が入り込む余地が残されている。例えは大袈裟だが、NASAロケットの先端に下町工場の手仕事が採用されていることを思えば、アナログ(ハンドメイド)の可能性は計り知れないのだと励みに思った。

■オートメーション化された地下鉄の運転手が、ボタンを押すだけの自分の仕事に虚しさを感じているという記事を読んだことがある。ゲームでしか経験したことないが、本来電車の運転も五感+第六感を駆使したアナログ作業だ。そこに面白さがあり、子供たちが憧れる仕事として存在し得た理由もあるだろう。それが先日の脱線事故しかり、現在は効率優先の味気ない仕事になっている実情がある。スタジオを電車に例えれば、多くのエンジニアも(もちろん私を含め)似たような経験を少なからずしたことがあるだろう。この10年以上、学校で後輩の育成にもあたっているが、教育の現場も決して例外ではない。デジタル技術を身に付けるのはプロとして当たり前のことだが、生徒たちが録音エンジニア=オペレータという認識を持ってしまうのではないかと、正直ジレンマを感じている。

■ますます「音の均一化」を要求される現場で、エンジニアが個性を発揮できる場はどこにあるだろうかと考える。もっと言えば、今やエンジニアに「個性」などは要求されていないかもしれない。ただそれでは、この仕事を一生をかけて続けるほど魅力のあるものに出来るだろうか。昔話になってしまうが、かつてのアナログの録音システムでは個性を存分に発揮できたのは言うまでもない。学校という便利なものもなく、現場に飛び込んで五感+第六感を使い体で覚えていった。「あの人の音」といわれる録音が確かに存在し、それを求めてミュージシャンも集まってくる。そういう時代があったということすら、今の若手には信じてもらえないかもしれないが。

■私がアナログ機材を作る理由のひとつに、デジタルに慣れ親しんだ特に若い世代に使ってもらいたいという希望がある(別に私の機材でなくてもよいのだが、安いギャラで手にできる機材は限られているだろう)。デジタル機材と組み合わせることで「アナログ感覚」というものを体験してもらえれば嬉しい。そして僅かな音の変化もくみ取れる耳を養って欲しい。私たちは単なる「データ」を扱っているのではなく、「音楽」を相手にしている。波形や数字だけでは語り尽くせないのが音楽の最大の魅力なのだ。もちろん体で覚えた「自分だけの感覚」は、大きな武器にもなることも覚えておいて欲しい。

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2005年7月 4日 (月)

箱を開ける その2

■メーカーを名乗る以上、そこには確固たる「個性」が必要だろう。テキストを読めば誰でも(手先が器用なら)作れてしまうような、美しいだけの機材であってはならない(もちろん美しさもひとつの価値である)。プロのメーカーとしてお金を貰うことが許されるのは、メーカー独自の「音」を実現できた時のみだと考える。

■実は最近、製品を愛用されている方から「もっと箱の中身について説明しないと、誤解を生むと思います」とご指摘頂いた。箱の中身を教えるということは「音の秘密を教える」ということだ。’企業秘密’として敢えて公開しない姿勢を取っていたが、それでは伝わらないのだと気づかされた。「誤解」されるのは本意ではない。だから箱を開けることにする。それが自分が作った製品と、それを愛用されている方たちへの責任でもあるだろう。

■まずオリジナル・ブランド「Eustachio」サウンドの要である1960ゲインブロックについて。切り出した2.5cm四方の基板に、トランジスタ、抵抗、ダイオード、コンデンサーのディスクリート部品、これらのパーツ数十本のリードをハンダで直結して組んである。それをケースに入れ、モールドし、チェックを経て完成する。マイクプリやラインアンプ等はユニバーサル基板の表と裏にパーツを配置し、1960と同様にリードは「直結ハンダ」である。パーツの拠り所としての基板は存在するがスルーホールはパーツのリードを通しているだけの箇所も多く、言わば空中配線に近い。「直結ハンダ」は見た目は悪いが、プリント配線よりも音の鮮度がよい。メーカーを始めるまでに自分用の機材を随分作ったが、「直結ハンダ」は丈夫で信頼性が高いと確信している。メンテもしやすい。箱を開けると基板裏にもパーツが配置されている分スッキリと見える。■内部配線については、可能な限り最短距離での配線を心がけている。ワイヤーをまとめ、配線ルートを作り、そこへ這わせていくのが一般的だが、音のクオリティを上げるためにこちらの方法を取っている。

■もちろん「直結ハンダ」や「最短距離配線」で作れば誰にでも実現出来る音を作っているわけではない。申し訳ないが、ここから先は文字通り’企業秘密’とさせて頂きたい。ただ、これだけは言える。箱の中には、長年の経験で培った全てがつぎ込まれているのだ。

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2005年7月 2日 (土)

箱を開ける その1

■ハンドメイド音響機器のガレージ・メーカーを始めて2年になろうとしている。深夜、独り作業机に向いながら色々な思いを巡らせる。このラインアンプを手にした人は、最初に何を思うだろうか。気に入ってくれるだろうか。音を出した時に何を感じてくれるだろうか。箱を開けることがあるだろうか?と。そう。「箱を開ける=音の秘密を知られる」。この瞬間を思い浮かべる時、私はひとりほくそえむ。そして「おそらく驚くだろうな」と思うのだ。

■昨今のプリント基板は好きではない。もちろん見た目が美しいし、作業効率が高く生産性が良いという利点はあるだろう。だがそれ以上の魅力を見つけ出せない。勿論これはあくまで好みの問題だが、自分の製作する機材は「まず音ありき」だと思っている。箱の中身の「見栄え」よりも、目指す音を実現することを第一にしたい。そして「見栄えが悪い=実装が悪い」ではないということは、私が作る機材の秘密、すなはちアナログ機材の醍醐味とともに順を追って、このブログで語っていきたいと思う。

■プリント基板にも、言うまでも無く例外はある。オールドのAPI等に見られるような非常に太く、分厚いパターンを持った手作りの基板がそれに当たる。長年に渡ってAPIを愛用したがその造りは「金に糸目をつけない」と言う言葉が正しく当てはまるものだった。過去形なのは今の製品はまるで違うものだからだ。

■さて、話を最初に戻したい。私の作った箱を開けた(特にアナログを知らない若い世代の)人たちが「驚く」であろうポイントを想像してみる。①配線が美しくない。②中がスカスカにみえる・・などがまず思い浮かぶ。これにはもちろん「理由」がある。アナログ機材に興味を持つ人には、当然その辺りをわかってもらえているのだろうと思っていた。だが、どうもその考えは甘かったらしい。それは、ある人から送られたメールから判明したことであり、それが今回Blogを新設するきっかけともなったのだが・・・

(つづく)

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